みなさん、こんにちは!
とらのいスパイス店長です🐯
この「読みものブログ」では、これまであまり話してこなかった、わたし自身のパーソナルなお話も書いていこうと思っています。
パーソナル記事第一弾 「15歳からスパイスと向き合い続けた結果、スパイスと会話できるようになった話」はこちらからどうぞ。
今回は、多くのお客様からよく聞かれる
「なんで24年も続いたお店を継がなかったの?」という質問について、正直にお話ししていきたいと思います!
少し長くなりますが、最後までお付き合いいただけたら嬉しいです。
前置きとして
わたしの母が経営していたカレー屋さん「札幌カリーぱお」は2023年11月、ビルの老朽化による立ち退きのため閉店となりました。
年齢と体力的な理由から、母は移転してお店を続けることを選択せず、娘であるわたしがお店を継がなければ「廃業」が決まっていました。
わたしは数ヶ月じっくりと悩んだ結果、「お店を継がない」という選択をしたのです。
お店を継がなかった理由① 飲食業をやり切ったと感じたから
わたしは高校入学と同時、15歳の春から実家のカレー屋でアルバイトを始めました。
その後、他の仕事もしながら、なんだかんだで37歳まで、22年間飲食業に携わってきました。
飲食業は「料理を提供して、お金をいただく」というとてもシンプルな仕事に見えますが、実際にはやることが山ほどあります。
食材の仕入れや仕込み、メニュー開発、食品を安全に提供するための管理といった直接的な仕事だけでなく、アルバイトさんの求人や面接、教育、シフト調整などのマネジメント業務もあります。
さらにわたしは独学でデザインを学び、メニュー制作やチラシ、DM、ホームページ、冷凍カレーのオンラインストアなど、制作まわりもすべて担当していました。
個人で商売をするというのは、本当にたくさんのスキルや知識が必要で、飽きる暇がありません。
「飽きない=商い」と言われる意味が、身をもってわかる22年間でした。
15歳で社会のことを何も知らなかったわたしが、ひとつのお店とじっくり向き合うことで、飲食業のノウハウから人を育てること、広告や宣伝といったクリエイティブな面まで多くのことを学び、大きく成長できたと思っています。
ただ、30歳を過ぎた頃から、どこか頭打ちのような感覚を覚えるようになりました。
この仕事をこのまま続けた5年後、10年後の自分がどうなっているのか、どう社会と関わっているのかが、ある程度見えてしまっていたんです。
若い頃からひとつの仕事に深く向き合えた反面、これ以上成長の余白がないと感じ始めていました。
だから、他の仕事をしてみたいという気持ちは、ずっと心の中にありました。

お店を継がなかった理由② デザインの仕事がしたかった
先ほども少し触れましたが、わたしは高校卒業後、「パソコンでホームページを作ってみたい」と思い、Adobeのソフトを購入し、簡単なスクールに通いながらIllustratorやPhotoshopの使い方を学びました。
もともと絵を描いたり、レイアウトを考えたりすることが好きだったので、メニューやチラシ、DMを作るのがとても楽しかったんです。
ちょうどその頃、個人がWebサイトを持つ時代になり始めていて、自分でもホームページを立ち上げて運営していました。
すると「うちのもやってくれない?」という声がかかるようになり、フリーランスでデザインの仕事も請け負うようになりました。
ただ、飲食の仕事を続けながらだと、どうしても中途半端になってしまう。好きな仕事なのに、きちんと向き合えていないというジレンマがありました。
また、カレー屋さん自体で働くことは楽しかったし好きだったんですが、高校生のアルバイトからスライド式に就職してしまったので(当時スープカレーブームでお店がめちゃくちゃ忙しかったこともあり…!)
わたしにとって「職業を自分で選択した」という感覚がなかったのです。
だから一度、デザインの仕事に本気で取り組んでみたいという気持ちが、どんどん強くなっていきました。

卓上のメニューやポップもすべてわたしが制作していました。
お店を継がなかった理由③ 人手不足という現実
わたしがアルバイトを始めた頃は、学生さんやフリーターの方も多く、アルバイトさんに困ることはほとんどありませんでした。
でも、この10年ほどで状況は大きく変わりました。
特に、限られた地域の飲食店アルバイトは本当に集まりません。
ありがたいことに、友人や知人、親戚が手伝ってくれることもありましたが、3年、5年と長く働いてもらうのはやはり難しいです。
一生懸命ゼロから仕事を教えても、1年で辞めてしまったり、1ヶ月、1週間、ひどい時はその日のうちに連絡が取れなくなってしまうこともありました。
人がいなくて店を開けられない日も、実はありました。
わたしと母だけでは回らない規模のお店だったので、「今日は閉めるしかないね」という判断をすることもありました。
人が集まらず、続かないという状況に、ずっとストレスを感じていました。
お店の立ち退きが決まった頃から、「今度は雇われる側になりたい」と考えるようにまでなっていました…😢

小さいお店なんですがアルバイトさんなしには回せない規模だったんですよね。
お店を継がなかった理由④ これ以上、母が苦労する姿を見たくなかった
お店をやっていて、楽しいことも本当にたくさんありましたが、同時にたくさんの苦労もありました。
その多くを背負っていたのが、オーナーである母です。
わたしは一番近くでその姿を見てきました。
お店の立ち退きが決まった時、「これ以上、母に苦労をさせたくない」という気持ちがとても強くなりました。
この気持ちは、3人姉弟のわたし以外の姉弟も同じでした。
もしわたしがお店を継いだとしても、母は完全に離れることはできません。
売り上げやアルバイトさんのことなど、さまざまな悩みを一緒に抱え続けることになると思っていました。
さらに、立ち退き直前に起きたコロナ禍で、飲食業はこんなにも脆いんだと強く感じました。
また同じようなことが起きれば、同じように苦労する。
その姿を母が見ることは、母自身が苦労するよりずっと辛いんじゃないかと思ったんです。
だからわたしは、別の業種で働いて母を安心させることが、一番母に苦労をかけない形なんじゃないかと考えました。

閉店の数年前から膝を壊していた母。これ以上の立ち仕事は限界でした。
お店を継がなかった理由⑤「あの場所で、あの味」はもう二度と出せないと思ったから
20年以上お店に関わってきたわたしが継いだとしても、「ママさんとは違うよね」と言われるのは目に見えていました。
さらに立ち退きだったので、場所も店舗も内装も変わり、雰囲気ごと変わってしまいます。
そうなれば「やっぱり違うよね」と言われる。
そう考えた時、お客様にとっての価値は「あの場所で、あの味」だったんじゃないかと思ったんです。
さらに、わたし自身がぱおのカレーの大ファンでした。
あの味をわたしが再現し続けなければいけない、というプレッシャーの中で経営者としてやっていくのは、仕事を楽しめないんじゃないかとも考えました。
ぱおのカレーが大好きだったからこそ、「違うよね」「変わったよね」と一番最初に思ってしまうのは、わたし自身なんじゃないか。
そしてもしお客様にそう言われたら。
クチコミやレビューで書かれているのを目にしてしまったら。
わたし耐えられないなぁって思ったんです。
だったら、ここで綺麗に終わらせることで、お客様の中にぱおの味ごと思い出として残せるんじゃないか。
あの琴似の片隅で、古いけど明るいあのお店で、ママさんが仕込んだカレーが大好きだったからこそ、「わたしは継がない」という決断に至ったのです。

本当に愛されていました。感謝しかありません。
最後に 〜スパイス屋さんという形になったこと〜
ここまでお話ししてきた理由の中で、味やレシピがダメだったという話はひとつもありません!
むしろ、それが一番もったいない😭と思いながらの閉店でした。
だからこそ、スパイスという形で、お客様がご家庭でぱおのレシピを使い、それぞれのカレーを作ってもらえたら。
スパイスって楽しい、自分で作るカレーってハマりそう、新しい趣味になりそう!
そんな新しい楽しみを見つけてもらえたら、それはとても価値のあることだと思いました。
わたしには「カレーのレシピ」と「スパイスの知識」があります。
これは20年以上カレー屋さんにじっくり向き合ってきた、わたし自身の宝です✨
そしてもうひとつ。
わたしはデザインやインターネット、広告やツールを使うことが得意で、好きです。
それを活かして、いろんな手段でスパイスの魅力を広めていける。
それはわたしにとって、とても楽しい仕事だと思いました。
だから、カレー屋さんではなく、オンラインのスパイス屋さんという形を選びました。
「スパイスじゃなくてカレー屋やってよ」と思っている方もいると思いますが、わたしは今の選択に後悔はありません。
むしろ、スパイス屋さんとしてやりたいことがたくさんあります!
これからも、古くからのお客様にも応援してもらえたら、とても嬉しいです。
母も、飲食店という形で仕事を続けるのは、年齢的にも体力的にも厳しくなっていました。
今のとらのいスパイスでは、レシピ開発や料理教室の講師という形で関わってもらっています。
母自身もそれを「すごく楽しい」と言ってくれていることが、わたしにとっても嬉しいことなのです😊
お客様に美味しいと思ってもらうこと、楽しいと思ってもらうこと。
わたしたちはもう、根っからの商い人なんだなと感じています。
その部分については、きっと天職なんじゃないかなと思っています。

最後まで読んでいただきありがとうございました!
店長のこんな話が聞きたい、あの時どんな感じだったの??
などありましたらお気軽にLINEやコメントで教えてくださいね♪